「立春」という言葉の定義崩壊が招く、2026年8月の危機について

yuukai-ec

2026年2月4日。

 

昨日南南東を向き、恵方巻を食べた我々は今日この寒風吹き荒ぶ一日を「立春」すなわち「春の訪れ」と定義した。

 

 

 

……正気か?と思う

 

 

これは極めて深刻な「意味論的インフレ」の始まりである。 このままでは我々の季節感という名の定義は夏を迎える前に崩壊する事になるだろう

 

 

論理的に考えてほしい

 

今この「まだ全然寒い時期」を『春』の基準点に置いてしまったら、 本来の「春らしい暖かさ」が訪れる5月、我々はその気候をどう呼称すればいいのか?を

 

「春」という言葉はすでに2月に使ってしまった。 ならば例年通り順調に気温が上がるとすれば、5月の陽気は必然的に「猛暑」あるいは「極暑」と定義せざるを得ない。

 

ここまではまだ良い。言語の範疇だ。 しかし真の恐怖はその先に待っている。

 

 

1年で最も気温が上昇する「8月」。その時に地球は、そして我々の語彙力は一体どうなってしまうのか

 

 

5月の時点で「猛暑」というカードを切ってしまった我々人類に、8月を表現する言葉はもう残されていない。

 

上昇する温度勾配をそのままスライドさせると、8月の気候はもはや「気象」という概念から逸脱した「プラズマ化」とも呼ぶべき物理現象へと変貌する。

 

つまり我々は今「立春」という言葉を安易に受け入れることで、 8月の自分たちを「熱力学的に消滅」させる契約書にサインしたも同然なのだ。

 

 

一般的な解決策として「まあ、暦上の話だから」「例年通りの夏だよ」と 曖昧な笑顔で現実を直視しない、いわゆる「大人の対応」を提示する者がいるだろう。

 

 

笑止。思考停止とはまさにこの事

 

 

それは知性に対する敗北宣言であり、未来の自分への無責任極まりない丸投げ行為である。

 

 

我々が今早急に構築すべきは、 既存の季節概念をすべて廃止し、新たな温度単位を導入した「新・地球暦」の策定ではあるまいか

 

 

8月の呼称は「夏」ではない。

 

 

 

そう、 「融解」だ。

 

 

挨拶は「今日も暑いですね」ではなく「まだ個体を保っていますか?」に統一する。 これこそが定義に対した最も論理的な解決策だろう

 

 

 

 

 

 

とは思わない。

 

 

「まだ個体を保っていますか?」って、そんな挨拶怖すぎるて

 

 

8月がプラズマ化しようが融解しようが、 私の部屋には去年の夏に買った6畳用の爆安のエアコンしかない。最新の「新・地球暦」を導入したところで、更に言えば融解したとて、どのみち「暑くなったらクーラーを点ける」という事実は1ミリも変わらんのよ。

 

 

 

5月の猛暑? 8月のプラズマ?

 

 

知らんがな。

 

 

今週末からまた一段と寒くなるようで。早く春がこやんかなー。

yuukai-ec

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