今回は自己認識錯誤が孕む危険性について言及したく思いました。

事の発端は数年前の夜。

 


切欠が何処にあったのかは思い出せません。そして皆さんにとっては周知の事実かも知れません。しかし気付いてしまった事実に対し、私は目を背けずに向き合う事にしました。

 

あの日の夜、気付いてしまった事それは――
 

 

 

 

 

 

 

ごはんですよ!

 
 
 
 
 
 
 
 
いや違うから。



 

コイツは自分自身をごはんと勘違いしています。ヤバくないですか?ヤバいですよね
 
 
 
何がヤバいって自身をごはんと謳っているにも関わらず、瓶に詰められているその状態も相当ヤバいですが、何より一番ヤバいのは
 
 
 
 

に尽きると思うんです。
 
 
 
確かにごはんにも種類に依っては様々な色がありますが、ごはんから連想される色と云えば先ず「」だと思うんですよね。誰だってそう思う。俺だってそう思う。
 
 
 

ところがコイツに至っては真っ黒です。真逆もいいところです。もうこの黒さはおこげで済まされるようなレベルじゃない。それ程に真っ黒。あまりに黒過ぎる。
 
 
 
 
にも関わらず
 
 
 
 
ごはんですよ!
 
 
 
 
と、元気一杯に勘違い甚だしく
 
 

 


 

本人自身は意気揚々と非常に強い自信に満ち溢れている事から、極度の自己認識錯誤の恐れがあり性質上取扱いに難があるのではないか?と推測されます。
 
 
 

白色であると連想される事が多い本来のごはんの色彩から大きく逸脱した漆黒とも呼べるほどの黒さを以ってこの自信
 
 
 
 
その自信が持つ危険性が何を意味するか?
 
 
 

 


 
それはつまり
 

 

   
 

コイツはお葬式会場に何食わぬ顔で純白のウェディングドレスを着て参列する可能性を示唆していると考えられます。


 

 
 
 
 
 
とんだ厚顔無恥です。
 
 
 
 
更に言えばこの特性に依るリスクはお葬式会場での周りの冷ややかな視線に一切の後ろめたさも感じぬまま、式がしめやかに執り行われた後に
 
 
 
 
式場の入口付近で
 
 
 
 
 
 
笑顔でブーケトスする可能性大です。
 
 
 
 
 
ヤバすぎる。あまりに危険すぎる。
 
 
 
 
そのブーケは当然、誰一人として受け取ってくれないでしょう。そしてその状況に対してコイツは「なぜ受け取ってくれないの?」と少なからずご立腹になる事でしょう。
 
 
 

 


 
幸せの象徴とも云えるブーケトス
 
 

 


 
 
ブーケがどれほど綺麗としても
 
 

 


 
 
どれほど可愛らしいとしても
 
 
 

 


 
言わずもがな周りから見ればそのブーケは
 
 
 
 
 
 
 

死神にしか見えない。






でもこのごはんですよ!は本当に美味しいんです。ただ少し、本人に自覚が足りないだけなんです。ほんの少しの意識の差で損をしているだけなのです。

 

 




僕が云うのもなんですが許してあげてください。





この流れもありごはんですよ!のメーカーである桃屋さんのサイトに行ってみたら



 

案の定、桃は販売してなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お茶はオメーだよ。

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